郷土芸能伝承活動 荒馬・太刀振り お囃子の練習
津軽地方では田植えが終わった頃、その年の豊作と悪霊退散を願うために「さなぶり」の行事が行われてきた。「虫送り」がよく知られているが、金木町では荒馬や太刀振りの踊りに笛、太鼓、手振りがねの鳴り物をつけて村内をねり回るのである。太刀振りと言われる棒踊りは一種の呪具であり、棒を打ち合わせ振りまわることは悪霊退散の意味がある。
「金木の荒馬」には次のような言い伝えが残されている。藩政時代の金木地方は新田開発が盛んに進められていた。天保年間に藩主信政公が少数の士卒を連れて民情視察の途次、金木村を訪れ、八幡宮に五穀豊穣と武運長久の御祈願された。突然のことなので神主並びに庄屋とが計らい、村人を挙げて迎え、帰りにも礼を尽くして村はずれまで見送りをした。当時、赤坂(若松町の入り口)は丸太橋のいたって粗雑なものであったが、藩主は馬上豊かに馬の手綱をとり、供奴二人が左右に手を伸ばして一回二回と後ろに下がり、右に引き左に回り三回目に英姿さっそうとして橋を渡られたのである。始めた見た藩主の見事な英姿に感激した村人達は、村の誉として永久に残すべく「虫送り」の荒馬踊りに取り入れるようになった。現在、金木荒馬は青森県無形文化財に指定され、金木さなぶり荒馬保存会により伝承されている。
本校の荒馬・太刀振りの取り組みは三味線と同じように郷土芸能の伝承活動として総合的な学習の時間で本格的に始まったが、太刀振り踊りはこれまでも運動会等の集団演技として行われ、現在に伝えられている。



写真は 平成17年度大運動会(6月5日)